この言葉は、高校三年生の時に知り合った女の子の座右の銘だった。
その子は16歳にして、元レディースの子だったらしいから、物理的に戦っていたのかもしれない。
まぁ、色々やんちゃな話を聞いて、さすがにここに書いちゃいけないようなこともあるからそれは割愛。
彼女とは会ったことがない。
チャンスはあったし、きっと会おうと思えば会う機会はいくらでもあった。
この前にネットで知り合った人と実際に会い、散々な時間を過ごしたし、過ごさせてしまったことがある。
初めて一人で新幹線に乗って、東京旅行に行き、原宿を案内してもらったけど、女の子と2人きりという状況が初めてで(高校三年生の夏)、メールはしていたけど、実際会うと何話していいかわからない状態。
そんな経験もあって、もう会いたいなんて言わないようにしようと決めていた。
そこでどんな結果になろうとも、会っておけば20年以上経った今でも『会えばよかった……』という後悔を引きずることにはならなかったのに。
きっと、死ぬまでこれは続くはず。
疲れた時こそこの言葉を思い出す。
自分は果たして何と戦っているんだろうか?
何と戦えているんだろうか?
学校生活、先生、生徒、親、社会、色々なことに不満を抱えながら生きた10代……20代……30代……40代の今もそう。
対象が変わっただけで、今もこれからも腹の中では煮えくり返った何かが渦巻いている。
ニュースを見ては色々考えて怒りを滲ませたこともあったし、実際にそれを小説の作品にしたものもある。
けれど、近年は『どうにもならないこと』がわかるようになってきた。
なってしまったという方が正しいか。
政治問題に意義があっても、選挙に行くぐらいしか手はない。
マスコミや社会情勢、不満を上げればきりがない。
音楽に出会わなければ、人生に楽しみも希望を持てないまま不満を抱えていたわけだから、テロリストにでもなっていたと思う。
俺は地獄のテロリスト

とは言わないけれど。
正直に言うと……。
全ての事に意味はないとすら思える。
この年齢になると特に、今更どうにもならねぇよって。
社会の流れるまま、周りの流れるまま、流木のように生きて終わればそれでいいと思う。
思えればそれでいいのに。
『戦わなければ生き残れない』
頭にこびりついた声が、そう言ってくる。
いつも以上に乱文で申し訳ない。
『諦めようとしている自分』と僕はずっと戦い続けているのかもしれない。
起きろ!目を覚ませ!って、無限列車の炭治郎ばりに自分の中に叫び続けているような感覚。
これまでも言ってきたように、僕はもう他人の評価を気にしない。
褒められてもうれしいとは思うけど、どこかで疑ってしまうし、けなされても相手にしない。
学校に親に社会に、色々な敵と戦い続けてきて、最後に辿り着いた敵は自分自身だった。
『このまま死んだように生きるしかない』『何もこの先いいことあるわけがない』『だってこんな自分だし』と思っている心の中の自分に対して、
「そんなわけあるか!」
って、叫び続けるのが今後の人生なんだろうと思う。
あがいて、もがいて、散々苦しんだ先で、自分の運命を否定する自分を否定してやる。

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